夏川椎菜さんと言えば、TrySailのメンバーで、ゲームが好きとかパンダが好きとか色々あるが、他の声優にはあまりない大きな特徴は、文章が上手いということだろう。ブログ『ナンス・アポン・ア・タイム!』でも表現豊かに自分の身の回りの出来事などをファンに見せているし、その文章が業界の人にも認められたのだろう、雑誌『声優グランプリ』や『ファミ通』ではコラムも連載している。余談だが、TrySailメンバーのブログはみんな個性的で面白い。そらにゃんのブログは遊び心に満ちているし、もちょのブログは自動書記のような脈絡のないポストモダン文学の範疇にある。
話を戻すと、その夏川椎菜さんが満を持して小説デビューすることになった。驚くことはない。コラムが評価されているのだから、ある意味これは必然の流れだろう。もう文筆家を名乗ってもいいと思う。書評家を名乗っている声優もいるのだから。
私も小説は好きでよく読む。よく読むとは言っても週1冊くらいだし、本当の読書家からは石を投げられるレベルだが。そして一応、サイトは内緒だけど泡沫書評ブログもやっている。ということで、この記事では夏川椎菜さんの処女作『たった3日で恋ですか』の感想を書きたいと思う。これは「最低の出会い、最高の恋」をテーマにしたアンソロジー小説の一作である。ただ私は本格ミステリーばかり読んでる偏屈者なので、恋愛小説はあまり良い感想を書けないかもしれない。ご了承ください。
『たった3日で恋ですか』感想
本作はとても短い短編小説である。スマホで読んだので、文庫本に直すと何ページあるのかは定かではないが、10ページあるかないかというところではないだろうか。ストーリーは、無理矢理参加させられた塾の夏季合宿で、主人公の男が片瀬さんという女の子に恋をするという話である。
面白いのは主人公の名前が一切小説中に出てこない。これによって自分が主人公になったような気持ちで読むこともできる。例えて言えばギャルゲーのような感じで、ゲームが好きな夏川さんらしい趣向だと思った。短編小説だからできる業とも言えるし、とてもテクニカルだ。
そして良いなあと表現が短い小説中にいくつも出てくる。例えば最初の方にある、強制的に夏季合宿に参加させられる主人公の苛立ちを表現したシーン。
僕のイライラは全部、パンフレットの表紙で胡散臭い笑顔を浮かべてガッツポーズしている、講師風の男に受け止めてもらった。男の顔はすっかりボールペンのインクで汚れていた。
その光景が目に浮かぶようで、共感できる*1。
ただどうしても、小説が短いせいか主人公が少女を好きになったところは急だなとも思えるし、少女が主人公の告白を拒絶しないところは、若さだけでは済まされない唐突さを感じてしまう。夏川椎菜さん自身も小説の短さには苦労した様子がブログに綴られている。
自分で書いてて痛感したのですが、 長く書くことより、短くまとめることの方が大変なのですね。 しかも恋愛小説。それでテーマが「最低の出会い、最高の恋」なわけで
引用:夏川椎菜公式ブログ
次回は短編小説ではなく、ぜひ長編小説を書いて欲しい。彼女の長編小説を読んだ時、私はやっと本当の夏川さんに出会えるのかもしれない。
ゆるい書誌情報
夏川椎菜さんの小説はこのサイトで購入できる(アフィなし)。価格は324円(だったと思う)だけど、新規会員登録だったからか9割引の32円で読めたので、みなさん一度読んでみてください。
ちなみに夏川椎菜さんの他にはお笑い芸人のマツモトクラブさんとけやき坂46の宮田愛萌さんの作品が読める。マツモトクラブさんのは、おっさんに恋する若い女性という設定が面白いが、キャラクターが奇妙というところに留まっていてあまり面白味を感じられなかった。宮田愛萌さんの作品は2人の親友の恋を描いているが、二次元に恋する女性の方の話をもっと膨らませて欲しかった。贔屓目なしに夏川椎菜さんのが一番面白かったと私は思った。
最後にまた余談だが、ナンスはメアドと電話番号を交換したとなっているが、マツモトクラブさんはLINEで、ナンス若いのにおっさんくさいなと笑ってしまった。そこがまたナンスの可愛らしいところなのだけど。
*1:個人的には「受けとめる」は表現的に行きすぎでは、とは思う。参加時点でも不満があるのだから、「ぶつけた」くらいでもいいのかもしれない