こえのおと

進みの遅い声優の情報ブログ

女性声優は「Born Sexy Yesterday」を演じて童貞の夢を忖度すべきなのか?

新人声優の遠藤実礼子さんが、女性声優は童貞の夢を忖度することに抵抗感があり、ありのままの姿を見せる女性声優がいてもいいのではないかと問題提起した。女性声優の立場から、既存の女性声優像に疑問を投げかけるツイートがなされたことに反響が広がっている。

遠藤実礼子さんの一連のツイート

このツイートをより理解するためには『Born Sexy Yesterday』を理解しなければならないだろう。

Born Sexy Yesterdayとは


『Born Sexy Yesterday』は純粋で無知なセクシーな女性を意味する。動画内では、1956年の『禁断の惑星』から近年のSF作品に至るまで、この「純粋で無知なセクシーな女性」が登場していると語られている。アンドロイドや先住民や宇宙人のように人間生活に疎い「Born Sexy Yesterday」が、冴えない男と出会い、恋愛に発展する。

そのような作品では、性的魅力はあるが人間生活に無知な女性が、男性に人間生活を教えられたというその一点で、その男性のことを好きになるというエピソードが描かれていることが多い。その女性にとって男性はその一人でしかないのだから、人間社会でいくら冴えない男だろうが恋愛対象になる。動画内には日本アニメの言及もあり、『ちょびっツ』などが例に出されている。

Born Sexy Yesterdayはより賢く経験豊かな男と、世間知らずで未熟な女性の中間にある、明確な力の不均衡な執着なのだ。究極の「先生と生徒」の力関係だ。

女性声優においては、物事を知らなかったり何もできなかったりするポンコツ属性が求められている場合がある。例を出せば佳村はるか上田麗奈などで、無知や運動神経のなさをさらけ出すとファンが沸き立つ。

現実世界でなんの取り柄もない男性が、映画やアニメのような虚構世界で女性に対して優位性を示すことによって溜飲を下げさせるという手法は、最近の日本ラノベ界を席巻している「なろう系」の異世界ものに通じる。異世界ものの場合は、優位性を示す対象が女性だけでなく、社会全体になっているので読者は、努力することなくヒーローになったように感じることができる。

良いパートナー、良い彼氏、良い恋人になろうと努力しなくていいことを意味する。

そして、遠藤実礼子さんのツイートを理解するにはここからが一番重要となるであろう。

このテーマが暗に示すのは、男性が根深く持つセクシュアリティについての不安感だ。このテーマの核心は男性優位への執着なのだ。純粋な少女を支配することへの執着。
(中略)
これは不安をベースにした空想だ。性体験や恋愛経験において男性と対等な女性への不安。そして知性で女性に負けることへの不安。

このテーマは女性の純潔と処女性について厄介な家父長的な考えに基づいている。当然ながらBorn Sexy Yesterdayのキャラクターたちは過去の恋人も性体験もない。彼女は性にも恋愛にも純潔でうぶで他の男たちから寄せられた関心によって、変わったり堕落したりしていない。そのため男性主人公は、基準に達していないことを比べられたり評価されたりする可能性すら免れる。結局のところ、これは拒否される屈辱からの逃避という男性の空想なのだ。

女性声優にとっても処女性が重要だということはこのブログでも何度も述べてきた。アイドル的な売り方をしてきた声優は処女性が脅かされるような事態になるとファンは減少し、CDの売上も低下しうる。これはファンが声優の処女性を応援するときの重要なファクターとして考えている証拠だろう。また百合営業の存在も女性の純潔性のアピールに一役買っている。

最後に動画では、男性が自分と対等な女性を受け入れるメディアが必要だと訴えている*1

Innocence is not sexy. Knowledge and experience on the other hand, now that, that‘s extremely sexy.

これで遠藤実礼子さんが主張したいことがよく分かる。つまりは処女性や純潔、無知を女性声優に求めるのではなく、経験豊富で聡明な女性を受け入れる人が増えて欲しいということだろう。ここでいう『童貞』は本当の童貞を揶揄しているわけではないことに注意してほしい。


遠藤実礼子さんの主張は受け入れられるか?

最近はアイドルでも恋愛禁止の風潮のアンチテーゼとして恋愛可をあえて掲げるアイドルグループも増えている。一番メジャーなのは『仮面女子』だろう。『仮面女子』はファンや関係者との恋愛は禁止されているが、それ以外の恋愛は特にお咎めがない。一方でアイドルと付き合えるということを売りにしているグループもある。

またドルオタにはポンコツ信仰は声優オタクほどはない。そういうキャラの子が好きな人ももちろんいるが大多数とは言えない。ラストアイドルというアイドルオーディション番組で、宇野常寛ポンコツな女性を合格させ、加藤ひまりというしっかり芯の強い女性を落としたことに対して、振付師の竹中夏海が言った言葉を思い出す。

ああいう対決で加藤さんみたいな女性(=芯の強い女性)を評価できる日本人男性が増えてほしいなと思いました

これは宇野常寛に対する当てつけであり、実際はこのとき、ファンは加藤さんを応援する人が多く宇野常寛が炎上した。

声優業界はそういう動きはあまりなく、アイドル声優であれば基本的に恋愛はご法度だろうし、ポンコツが好まれる。したがって一石を投じた意味で、遠藤実礼子さんの提案自体には意義がある。ただ最近はアイドルではなく声優だと開き直って、スクープされたら堂々と交際宣言をしている声優も多い(花澤香菜三森すずこなど)。またスフィアも過去に豊崎愛生戸松遥の熱愛発覚を受けて自由恋愛宣言を出している。しかしながら、それがファンに受け入れられているかどうかは疑問だ。前述した通りCDの売上やファンの反応が如実に示している。

遠藤実礼子さんの主張は身も蓋もない言い方をすれば個人の自由であり、やりたいようにやれば良い。ただそれで多数のファンが付いていくのかというところは現実的には厳しい。なぜなら声優オタクは私を含めて「性体験や恋愛経験において男性と対等な女性への不安。そして知性で女性に負けることへの不安。」を抱えている人が多いからである。

個人的な意見を言えば、ポンコツ(無知)が人気なのは私にはよく分からない。知的でなんでもできるような女性の方がかっこいいし好きだ。でも庇護欲を掻き立てられるという点ではそういう女性が好きな人の気持ちは分からないでもない。一方で恋愛経験が豊富な女性は怖い。それは「Born Sexy Yesterday」で指摘されている通りである。

とはいえ、最近はイベントなどに行くと陽キャっぽい人もたくさんいる。そういう人はどう思っているか分からないが、声優のイベントに来ているからには既存の声優像が好きなのだろう。まあ一部にはイベントで騒ぐことだけが目的な人もいるかもしれないが。

そもそも、ありのままの自分を曝け出している人がどれだけいるだろうか。声優に限らず、芸能人でも一般人でも素の自分を多かれ少なかれ隠して生活している。普通の恋愛だって、ありのままを見せることはないし、結婚したって秘密なんか山ほどあって、それを隠しながらなんとか関係を築いていくのだろう。結婚したことないので知らないが。みんな何かしら仮面を被っている

『Born Sexy Yesterday』では力の不均衡のある映画や映像作品についての気持ち悪さを述べて、ジェンダー的な差別をなくすべきとクリエイターに対して訴えている。女性は無知で純潔であるべきだという思想は変えていかなければならない。ただ無知で純潔な女性が好きというのは個々の嗜好の問題である。

社会で自分の好きなようにやって、それでみんなから好かれたいというのは無理な相談だ。仮面を被らないのは自由だ。ただ今の声優オタクの層を考えると仮面を被らないでみんなから好かれたいと思うのなら、ありのままの自分がよっぽど魅力的*2になるように努力するべきなのだろう

*1:ただし『Born Sexy Yesterday』で指摘されている映画は、「純粋で無知なセクシーな女性」と男性の力関係に問題があるのであって、そういう女性が女性キャラクター自身の物語だったり男性と女性が対等であるならば構わないとし、『クラウド アトラス』や『ターミネーター:サラ・コナー クロニクルズ』を例に挙げている。

*2:聡明で経験豊富でも好かれる声優になるべきという意味。つまり演技が上手いとか喋りが上手いとかファンの嗜好を越えて尊敬される声優